BMWが愛される理由とは などというタイトルにしてみました。
BMW 貴方は この会社の偉大な始まりをご存知で 愛しているでしょうか?
クルマのデザインも斬新であり 時代 時代に 愛される車ですが
今日は また僕の勝手な目線で書いてみたいと 思います。
1913年10月28日 ミュンヘン郊外のミルベルトショーフェーンに
ラップ・モトーレン・ヴェルケ
という名前の 小さな 小さな エンジン製造会社が設立されました。
資本金は 20万マルクだったそうです。
(1923年 2月20日発行 2万マルク紙幣
当時の1マルクは 現代の2000円 )
設立者 カール・フリードリッヒ・ラップ
ただし 彼らの会社が 主に手がけていたのは 自動車専用ではなく
航空機用のエンジン製造でした。
社名が BMWとなってからも しばらくは 航空機用のエンジン製造だった
そうです。
第一次世界大戦前に産まれた
飛行機のエンジン製造屋
からの
自動車造りへと始まっていく
BMW
自動車メーカーには 創業時から 1本の道のりの企業もあれば
分割や 合併を繰り返して今の形になってきた 企業もあります。
BMWは 分割 合併を繰り返して現在の会社に成長した企業である
会社の発展の道のりには 企業を吸収してきた時代もあれば
敗戦後には ドイツ分割の影響もあり別会社へと
さらに 終戦直後には 一部のスタッフが独立をしたり また 戻ってきたりと
めまぐるしく 時代の流れとともに
BMWは この時代を築き上げていきました。
このラップ社と そして2年半ほど早く 設立した 航空機の機体を製造する会社
グスタフ・オットー・フルークマシーネンファブリーク社が
ミルベルトショーフェーンという同じ土地に会社設立をいたしました。
ラップ社は 4気筒エンジンを オットー社に納入し互いに協力関係をいたしました。
1914年 第一次世界対戦という時代と 航空機用のエンジン製造という
事業は生産規模を拡大し
ラップ社は 当時 ドイツ 航空機産業で最大の大手でした
アウストロ・ダムラー社より
航空機用エンジンの下請け生産をまかされ
この下請け生産行業務によって ラップ社の運営資金は 増加していきました。
1916年 3月 7日
資本金 120万マルクに増やし
社名を バイエリッシュ・モトレーン・ヴェルケ有限会社
に 改名した。
そうですBMWが誕生するのですね。
( 少し はしおっての 説明になってしまいました)
一方 オットー社は
同じ日に 100万マルクの増資行い
バイエリッシュ・フルークツォイクヴェルケ株式会社に改めました。
そして
1918年 8月13日 BMWは資本金をさらに 120万マルク増資して
株式会社へとなり経営権を手中に収めました。
有名な BMWのエンブレムは
この1年前に バイエルンの青い空に回るプロペラを 図案化した
今も皆さんのご存知の
BMWのエンブレムとして 登録されました。
しかし BMWにも 戦争により 色々な時を経験しました。
終戦時に 締結された ベルサユ条約によって
ドイツにおける 航空機の生産を禁じられ
エンジン その部品なども処分されてしまうのですね。
設計図までもが 連合国側の人間に持ち去られてしまい
BMWは しかたなく
鉄道車両用エア・ブレーキなどの 木材を使った 家具を作り
食いつないだというお話があります。
(BMW 14 ワールドカード参考 一部引用)
ここからの飛躍がとてつもなく面白いのですが 長くなりますのでお話しは また次回に
BMWの歴史には 多くのロマンが詰まっています。
戦争という時代にも翻弄され それでも力強く発展をし
僕はそんな時代の BMWの歴史に熱い思いを一冊の本から教わりました。
BMWは
航空機エンジン製造の道進み それを得てモーターサイクルへと
四輪車へと進出をしていくのですね。
そして 数々のレースやトライアルにも挑み
多くの栄冠をも勝ち取っていくのです。
是非 BMW 高級だから外車だから かっこいいだけではなく
歴史の道を 感じ 大切に 歴史を車に感じてほしいです。
(また 僕の勝手な感想でした)